入船山記念館の正門を潜り抜けると、まず目に入るのがこちらの白い塔時計でございまして、今回はこの塔時計を中心に、雨上がりで生き生きと葉を茂らせていた周りの木々の様子も含めて、こちらの写真を撮らせて頂きました!🕰️🌳✨️
この塔時計は元々この入船山記念館の敷地内にあった物ではなく、現在のジャパンマリンユナイテッド呉工場のある場所にかつてあった、旧海軍の兵器工場である、呉海軍工廠の造機部の屋上に1921年(大正10年)6月10日から設置されていたと言われております。
終戦後は呉海軍工廠は解散し、その敷地は民間の造船所へと引き継がれ、この塔時計もそのまま旧工廠の跡地に残されていたのですが、1971年(昭和46年)の5月についに入船山記念館への移設が決定され、この地に運ばれて来たのですが、しかし運ばれて来た当時は長らく放置され続けていたためか、時計は壊れて動かなくなっていたそうです😥
その後移設されてからしばらくの間、時計は動かないまま展示されていたのですが、1981年(昭和56年)についに内部の修理が施され、塔時計は再びこの入船山記念館の地で時を刻み始めたのでございます😆✨️
ちなみに、この塔時計は四方に文字盤があるのですが、外側の文字盤の時計は全て子時計となっており、塔内部にある親時計から電気による衝撃(パルス)が送られることによって、四方全ての文字盤の子時計が親時計と一致するように時を刻む仕掛けとなっておりまして、この方式の時計を「電動親子式衝動時計」と言います。
この電動親子式衝動時計は、製造された当時としては大変画期的なメカニズムの時計であったらしく、そんな電動親子式衝動時計の初めての国産品がこの塔時計でありまして、当時の呉海軍工廠の高い技術力がこの時計にも詰め込まれているのでございます!☺️
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撮影地
撮影機材
Camera: OM-5【OM SYSTEM】
Lens: M.ZUIKO DIGITAL ED 14-150mm F4.0-5.6 II【OM SYSTEM】


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